切迫早産で入院は辛い!心が折れる入院生活を経て3歳児の母親に

妊婦時代

今このブログを見てくれている方は切迫で入院しているプレママさんでしょうか?
私もお腹の張りがずっと続いて子宮頚管の長さがギリギリセーフだったので粘りましたが、妊娠30週から切迫早産で入院しました。

心が折れる日々ですよね。
1日1日が長くて、また針の交換で・・・毎日泣いていました。

そんな私は現在3歳児の母をしています。

当時の体験談と助産師さんに言われて頑張れた言葉など体験談をブログに書きます。
辛くて心の折れそうな(折れている?)妊婦さんを応援します!

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切迫早産で入院は辛い!心の折れる入院生活

妊娠30週切迫入院決定

妊娠30週の妊婦検診の時に「じゃあ今から入院で」とかるーい感じで言う先生。
お腹の張りは妊娠6ヶ月の後半から気づいていたのでそろそろ来るかな・・・とは思っていましたがやはりショックでした。
しかも妊娠重悪阻入院に続き2回目。

診察室を出ると待ってましたと言わんばかりに車椅子が待っていました(笑)

入院の手続きをして、病室に連れていかれて号泣しました。
つわりで入院した時と全く同じ部屋、同じベッドの位置でした。

つわりで入院していた時、同部屋には切迫で入院している他の患者さんがいて、謎の機械をつけていて、時々アラームが鳴ってナースコールで助産師さんが来て・・・と言うのは悪阻の時に見ていました。
そして私は血管が細く、普段から採血などに大苦戦されるタイプの人間。
つわりで入院した時も点滴では相当苦労されて、脱走するように退院したのですが笑、その時の助産師さんが言っていたのは「切迫で入院している人は定期的に針を交換しながら“ずっと点滴をしていないといけない”」と言うこと。

つわりで退院するときに「絶対切迫入院でここには戻ってこない」と誓ったのに、全く同じ場所に戻ってきてしまいました・・・

切迫早産で34週までは点滴を絶対外さないと言われた

切迫で入院する場合退院する目安は産婦人科によって違います。
36週6日に退院する方針の病院もありますし、子宮頚管の長さが安定したら服薬に切り替えて退院出来るところも。

私の主治医は「赤ちゃんの肺の機能が完成するのが34週だから34週までは点滴を続けます」と言うこと「この病院は34週に満たない妊婦さんはここでお産が出来ないので34週までは生まれないように点滴外さずに頑張って欲しい」ということでした。

加えて「絶対点滴はやめないけど泣き言はいくらでも聞くから」と言われました(笑)

点滴の針は長くても1週間で交換しないといけないということ。30週から34週まで4回・・・の訳はない。
私は血管が細いから絶対失敗されるし、針の跡20個までは頑張るぞ!と思いました。

まさかそれを倍上回ることも知らないで・・・

切迫早産で入院で辛くて心が折れたこと7つ

悪阻が終らないまま切迫入院した

30週で入院した私ですが、自己紹介にも書きましたが出産まで悪阻が終りませんでした。

つまり切迫で入院しても悪阻中。皆に提供される入院食が食べられません。
そこそこレアタイプの切迫入院患者で朝は特別に「梅しらす茶漬け(ごはん100g)」夜は吐き気が酷くなるので提供なし、昼はカレーかシチューなら食べられるのでもしそれが提供できる時は下さい。

と、いう話し合いだったわけですが、入院1週間で体重1キロ以上減。
血液検査で栄養不足が出る、貧血も出る。
お昼は毎日母親にお見舞いに来てもらい食べられそうなものをリクエストして持ってきてもらってとにかく食べられるものを食べましょう。
本来は持ち込み食は禁止だったのですが特別許可が下りました。
この時毎日頑張ってくれた実母には今でも感謝してもしきれないくらいです。

という訳で私は常時ウテメリンの点滴に加え、午前中に貧血の点滴(錠剤は悪阻なので多分飲むと吐く為)貧血の点滴が終ったら栄養補充の点滴をウテメリンと同時に流すという鬼のようなスケジューリングでした。
ちなみに貧血の点滴は胃が激痛になるため、毎回温めたタオルを用意してもらって胃に充てて必死に耐えました。

miwaの自己紹介!高齢出産ママが育児ブログを始めた理由
高齢出産ママmiwaの簡単な自己紹介とブログを始めようと思ったきっかけなど。

ウテメリンの点滴の作用と副作用の強さを知る

ウテメリンの点滴をしてびっくりしたことは

「お腹が張らないってこんなにお腹が柔らかくなるの!?」

私は入院して初めて知りました。
自分に「お腹が張っていない時」が全く無かったことを。
確かにいつもお腹が張っていてお腹の中の赤ちゃんは動きにくかったかな?なんて思ったりもしました。

しかしウテメリンの点滴の副作用は凄い・・・

ほてり、震え・・・

火照りというか汗の量は本当に凄かったです。
パジャマは4枚くらいローテーションでした。

震えはもう笑えるくらいカタカタ震えて、お箸なんて持てないし。
私は食事の時はお箸ではなくてスプーンにしてくださいとお願いしました。

お腹の子供の命と引き換えに自分が犠牲になっている

と、思っていました。

お腹の子に対するいら立ち・・・(笑)

順調にマタニティライフを楽しんでいる妊婦さんに嫉妬

入院3日目くらいで帰りたくなりました。
毎日泣いていましたが、この日はワンワン泣いたと思います。
当時私はSNSでマタニティアカウントをしていたのですが、みんな幸せそう・・・

お出かけしたり、おいしいもの食べたり、新生児の洋服を水通ししたり・・・

ずっと悪阻兼切迫入院を食らった私は何もマタニティライフの幸せを味わえる瞬間が無かった・・・

こんなはずじゃ無かったのに。
家に帰りたい・・・

お化粧してオシャレをしたお腹の大きな妊婦さんがキラキラした目で産後入院する病棟に当たるこの病棟内の見学をしている。
私はすっぴんでパジャマ姿でトイレに行こうとしたときにそこに遭遇してしまいまた泣く。
これは退院までずっと続きました。

ちなみに、私が切迫で入院している時に持ち込んで「良かったな」と思ったのは

抱き枕

でした。

病院に直送してもらうことは出来ないので、届いてから夫に持ってきてもらいましたが、入院中にどんどんお腹が大きくなって横になるのが辛い、そして思いっきり泣きたい時に抱き着くのに最適なのが抱き枕。

既に産まれてから授乳クッションとして使える抱き枕は購入していたのですが、入院用にただ単に抱き枕として使うものを買い足しました。

点滴差し替えの時に薬剤が自分の血が飛んで汚れたりするので「生まれるまで用」として使っていましたよ。

針交換が本当に辛い

入院して4日目。点滴をしていた部分が痛くなってきてその旨を助産師さんに伝えると

「あーそろそろ針交換したほうがいいですね、準備してきますね」

針交換セットをからからと押しながら来た助産師さん。
探す。点滴の針を刺す場所を探す・・・・探す。

「ちょっと手をグーパーグーパーしてみて下さい」
指で血管のある場所を探している様子

もちろん気づきました「あ、血管探しに苦労されている・・・」嫌な予感。

一発目の点滴は一番分かりやすく強そうな血管を狙ったので4日目で交換になったのですが、その後は細い弱い血管(しかも探しにくい)しかなく1日置き→毎日の針交換に変わっていくのでした。

シャワーを浴びたい時は針は刺したままで管をぐるぐるとまとめてビニールで覆って、戻ってきてまた点滴をつなげるわけですが、私の場合血管が細すぎてシャワーから戻ってきて点滴をまたつなげようとするともう血管が詰まってしまう?それまでちゃんと点滴が流れていた血管なのにその場所で続きが何故か出来なくなってしまうのです。

なので「針交換するタイミングでシャワーを浴びてから針交換しましょう」というやり方に変わります。

夜の針交換は地獄

もう入院して1週間も経たない頃から私の針交換は「若手はやってはいけない」というお達しが助産師間で申し送られた様子です(笑)

針交換して持って翌々日、最後の方は針交換して24時間持たないくらいで交換でしたが、針交換となると点滴得意な助産師さんが私のところに来るようになりました。

そして得意助産師さんが必死に腕やひじから下を触って点滴の刺せる場所を探す。
だけどただでさえも血管が探しにくい人なのに悪阻で弱っていてさらに血管が細くなっている為難易度が高すぎて、いつも
「・・・ここに血管がある気がするんですけど試してみていいですか・・・?」

弱気!!!

負けず嫌いだし、逃げないと決めたら逃げない性格の私は最後の点滴の時まで言い続けた言葉↓

「失敗してもいいので、いけそうだと思うところはやってください!」

それで本当に失敗されて謝られるんですけど(笑)

一度夜に針交換しないとならなくなって夜勤の点滴得意助産師さんさんが失敗「ちょっと待ってくださいね」と次のチャレンジャーが来て失敗「ちょっと針を取りに行ってきますね」と去って次のチャレンジャーが、と言うのが6人続き、結果点滴が通るまで2時間近くかかりその間お腹がガッチガチに張るということもありました(笑)

針交換は日勤の助産師さん(看護師さん?)がいる時がおススメです(笑)

なんとなく今晩交換になりそうだな、と思ったら早めに交換したほうがいいです。

点滴が痛くて不良入院患者になる

入院中は毎朝体温、一日の排尿回数や排便回数など紙に記入しないといけないのですが、私は血管が弱かったせいなのか、切迫で点滴をしている方が皆そうなのかは分からないのですが、腕を動かすだけで痛く、点滴を通している血管の持ちを一秒でも長くするために

入院患者が記載すべき紙の記入を途中で放棄しました(笑)

ボールペン持って書く握力を使うだけで腕が痛い。

点滴長く持たせたい。

入院病棟担当の助産師さんも私の血管事情を知っているのでこの入院患者が必要事項を紙に記載しない不良になっても誰にも怒られませんでした(^^;

夫や母などに送るLINEも本当に必要最低限。
全部腕痛いから無理でした。

約束の34週目まで点滴を耐え抜いても服薬で眠れない

やっと34週を迎えました!
その時の左腕の写真が記念に残っています。

入院4週間ですよ?(笑)
どんだけ針刺されているのでしょうか?これ反対の右も同じ感じです。
入院4週間で刺した針跡は40を超え、当初の目標20個までは頑張る!なんて余裕でオーバーです。

本当はここから37週まで点滴を続けていきたいところなのですが、点滴を刺せる血管を探す助産師さんの限界を感じました。
「腕がダメなら足に血管があるんで」と言われた時に、この方々はもう私の腕に全身全霊注いでくださって灰になってしまったなと(笑)

私も34週を目標に死ぬ気で頑張ってきたので精神的にもうこれ以上続けることに前向きになれず、夫婦で相談した結果「ここで生まれてしまったとしても、それはこの子(お腹の中の)のタイミングなので、ここからは服薬にします」と決めました。

服薬に切り替わってからは3時間おきに1錠飲まないといけませんでした。

夜中もです。

助産師さんが起こしに来てくれるのですが、自分でも携帯のアラームをマナーモードにしてパジャマのポケットに入れて寝ていました。

実際一度助産師さんが来てくれなかった時があったので自分でもアラームセットしていてよかったです(笑)

点滴の針を抜いたら1時間もせずにお腹がガチガチに張り、生まれるか??

と思いましたがまあ生まれたらその運命を受け入れると決めていましたし、毎朝のNSTでは張りは確かに強くなりましたが陣痛につながるような波のある張りは出ませんでした。

切迫早産で入院生活が辛かったその後

35週で退院の許可が出た!

点滴が終薬を飲むだけの生活になり。
切迫で絶対安静の生活をしていた為筋力は全く無くなり、悪阻で栄養も摂れていないので、主治医の判断で退院して自宅で絶対安静だけど、きっとトイレに行くだけでも体力的に厳しいはずだから少し体力をつける為に、少しでも食べられるものを食べられる時に食べて出産にむけて体力をつける為に、と正期産の2週間前に退院の許可が出ました。

ただ3時間おきの服薬は自宅でも継続です。

確かに布団から起きてトイレに行くだけでもかなり体力つかいました。
薬を飲むためにリビングに歩いて行くだけでも運動です。

絶対安静ですが、入院の絶対安静と自宅での絶対安静は大分違いますね。

正期産まで持ちこたえた!

切迫で退院する場合大体2パターンです。
退院してすぐ陣痛が来てとんぼ返りで出産か実はなかなか生まれてこない。
この二つです。

私もなんと37週を迎えることが出来てしまいました。

というか出産したのは39週1日です。

今思うと本当に入院が必要だったのか・・・

神様でも分からないかも知れないです(笑)

ただ切迫の人はお産がスピード出産になりがち、とよく言われますが私もそれに当てはまり、分娩時間は約2時間でした。

切迫早産で辛い入院生活をして良かった3つのこと

「比べない育児」が出来るようになる

妊婦時代、キラキラ妊婦さんを見て何度泣いたか分かりません。

なんでみんなオシャレをしてお出かけしたり、マタニティフォトとか撮っているのに自分は点滴なんだ!

ととにかく毎日泣いていました。

その時に私を主に担当してくれた助産師さん(ママさん助産師さん)に言われて今もとても心に残っている事があります。

今は自分と他の妊婦さんを比べて辛くなってしまうけれど、子供が生まれると嫌でも子供を他の子と比べたり、比べられたりする場面がある。
それで悩んでしまう人が多い。
今は辛いと思うけれど、今の気持ちを「お母さんになるための準備」の経験だと思うと無駄にならないんじゃないかな。

と言われました。

これは息子が3歳になった今でも忘れられない言葉で、事実です。

子供が生まれると比較、比較、比較です。

あの子の方が成長が早い、あの子の方が身体が大きい、あの子の方が風邪をひきにくい、あの子の方が泣き虫、あの子の方が言葉が出るのが早い、賢い、親がお金持ち(笑)・・・・

など、本当に「うちの子は他の子と比べると・・・」と思う場面が嫌!っていうほど出てきます。

ですが私は妊婦時代に自分を他の人と比べて泣きまくっていて、助産師さんからあの言葉をもらっていた為に

自分自身と子供は別の人間。
自分がどれだけ努力しても子供は子供。
我が子にはその個性があるのだからいちいち他の子と比較して落ち込んだりする必要はない。

という「比べない育児」が現時点で完璧に出来ています。

実際息子は産まれてからミルクの飲みが悪く成長が緩やかで同じ学年の中で一番小さく、なんなら下の学年の子よりも余裕で小さいくらい小柄なのですが、それは彼の個性であってそれで悲観することも無いです。

本人がそれを気にするようになったとしても「人間は身長で偉いか偉くないかが決まるのではない。自分が誰にも負けないと思うことがあればそれが素敵だ」と教えます。

正直自分の子を何もかも他の子と比べてしまってパニックになっている新米ママは多いです。

だけど自分が妊婦時代に他の人と比べて落ち込んだ経験があって、その苦しみの後に生まれてきた我が子は「笑顔で居てくれたら良い」と思うようになりますよ。

比べない育児が出来るって凄い楽です。

今後の家族計画を考えやすい

正直自分が切迫入院(と終わらない悪阻)を経験するまで、妊婦さんって初期に悪阻があって、後はお腹が大きいだけで順調に出産出来るものだと思っていました。

なので漠然と「子供は二人欲しいよねー」など思う女性は多かったりします。

しかし、もし一人目妊娠時に切迫早産の入院を経験したら

「次もまた同じことになるかも知れない」

と言う事と

「自分が入院生活になった時に上の子供の面倒を見てくれる人がいるかどうか」

を考えるようになります。

二人目以降を妊娠時に切迫になったら上の子を面倒を見てくれる人がいなければ、正直厳しいです。

そういう次のお産を考えた時に周囲のサポートがどれだけあって、どれだけの戦力になるかを考える心の余裕があるので、大変な妊婦生活を経験して無駄にはなりません。

私は悪阻が終らなかったことと切迫入院の辛さのダブルコンボで

選択一人っ子

と決めて夫も賛成でしたし、今目の前にいる我が子に全力で愛情を注ぐ生活で納得していますし、後悔していないですし、幸せです。

辛くても頑張って良かったと思わせてくれる

私は切迫で入院したのは辛かったし子供が3歳になってもトラウマです。

だけど子供は3歳になりました。

息子は昨日「なんでママは一緒に遊んでくれるの?」と私に聞きました。

笑顔で「一緒に遊んでいると楽しいからだよ」と答えたら笑顔で「そっか!」と返してくれました。

育児は楽しい事ばかりなんて綺麗事は言えませんが、幸せも運んでくれます。

今お腹にいる赤ちゃんは早く生まれようとしてママを困らせる困った存在でもあると思いますが・・・

切迫の入院、点滴生活に耐えられるのはママだけです。
ママになる人は強いですよ。
泣いても泣いてもお腹の子を守るために頑張ってますから。

その経験は決して無駄にならないです。

お腹の我が子を守るために泣きながらでも点滴に耐えたからこそ、出会えた我が子は愛おしいです。

もちろん「早く生まれようとしないでいてくれたらこんな思いしなくて済んだのに」と思うのですけど笑、子供が生まれてからも毎年切迫で入院した頃になると思い出す「〇年前は今頃点滴しながら泣いてたな・・・」という負の記憶。

そんなことを思い出しながら目の前にいる我が子を見るとなんだか不思議な気持ちになりますよ。

そっか、あの経験があって生まれてきた子がこれか・・・と(笑)

切迫入院が心が折れる程辛い!まとめ

切迫で入院しても生まれたら良いことあるよ!

なんて言われたって「今が辛いんじゃい!!」と思う気持ち、分かります。

本当に辛い。辛かった。

先が見えない不安があったし、お腹の赤ちゃんの事も心配でした。

でも、必ず終わりの時が来ます。

あれだけ切迫早産の入院で泣いていた私がもう退院して出産して子供が3歳になっているのですから。

辛い時は思い切り泣いてください。

沢山泣いて良いんですよ。

毎日泣いても、必ず切迫との戦いに終わりは来ます。

だから、私は切迫早産の入院で辛くて泣きたくて心が折れても頑張っている皆さんを心の底から応援します!

ずっと頑張れ!って叫び続けますよ!

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